文豪対談:推しが尊すぎてツラい

現代人を狂わせる「推しが尊すぎてツラい」という感情。もしこの途方もない感情を、日本の近代文学を代表する文豪たちが語ったらどうなるのか? Humanitext Aozoraが贈る、狂気と教養の文学的推し活トーク。

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著者:井下遥渚
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文豪対談:「推しが尊すぎてツラい」について

# 「推しが今日も息をしていて尊い」「推しが可愛すぎてツラい」……

現代人を狂わせる「推しが尊すぎてツラい」という感情。 もしこの途方もない感情を、日本の近代文学を代表する文豪たちが語ったらどうなるのか?

本日は、実際の文献に基づいて的確な回答を生成する「Humanitext Aozora」の機能をフル活用し、文豪のお三方にお越しいただきました。 彼らが遺した本物の言葉と思想に基づく、文学的「推し活」トークをお楽しみください。


——それでは皆様、自己紹介をお願いします。


【谷崎】 谷崎潤一郎です。私にとって推しとは、ただひざまずき、礼拝したくなるような「美」でしょうか。推しが尊すぎて、もはや宗教的な感激さえ覚える毎日です。どうぞよろしく。


【鏡花】 泉鏡花でございます。ただ三尺退いて拝したくなる、摩耶まや夫人ぶにんや若菜姫のような尊き「美」こそ、私の命でございます。お化けは怖いですが、美しきもののためなら火の中水の中。どうぞよろしく。


【乱歩】 江戸川乱歩であります。私の推しは、レンズや鏡の向こう、あるいは土蔵の闇に蠢く「奇怪な幻想」……。現実よりも、まぶたの裏に描く幻影の方が、私にとってはよほど「尊く」、そして恐ろしいのです。よろしく。


——ありがとうございます。それではさっそく、「推しが尊すぎてツラい」という感情について、皆様のご意見をお聞かせください。


【谷崎】 「ええ、そのお気持ちは痛いほどよく分かります。尊きものを前にした時、我々のちっぽけな自尊心など霧散してしまう。ただただ圧倒的なオーラに、脳の芯まで蕩かされて……まさに、

『己の全人格が何となく其処へ吸い込まれて行くような、恐怖と恍惚とに襲われる』出典:『小僧の夢』

という、倒錯した悦楽を覚えるのです。この、自己という形を失い、美の深淵へ沈んでいく瞬間こそが、何物にも代えがたい至福なのですよ」


【鏡花】 「谷崎さん、貴方は少しばかり無遠慮が過ぎる。圧倒されるのは道理ですが、もっと距離をわきまえなさい。尊きお方は、現世の塵にまみれた我らとは次元の異なる『神』なのです。気安く触れようなどとは不敬の極み。

『然る時は吾人ごじん其恩に感じて、是を新しき床の間に置き、三尺すさつて拝せんなり』出典:『醜婦しゅうふす』

という、あの清らかなる畏怖こそが肝要なのです。理解しようと足掻くのではなく、ただその神々しさに身を震わせ、遠くから拝跪するのが真の礼儀というものでしょう」


【乱歩】 「お二人とも、少々形而上学的に過ぎるようです。私はもっと具体的で、隠微なものに惹かれます。推しの『特定のパーツ』――たとえば二の腕の曲線や、唇の端の微かな角度――が尊すぎて、そればかりを頭の中で幾度も反芻してしまう。誰にも言えぬほど特定の部位に執着し、耽溺している自分自身の異常さ……

『それらの心理上の現象に底知れぬスリルを含んでいる』出典:探偵小説の「謎」

のです。この、背徳的なゾクゾク感こそが、私にとっての救いなのですよ」


——でも、手が届かないからツラくなることもありますよね。最近はアクスタなどのグッズを一緒に持ち歩いたりしますが……


【乱歩】 「左様、だからこそ『物』としてのグッズは最高なのですよ。生身の人間は移ろい、裏切る。だが、

『人間の美しい姿を、永久に保存する方法が発明されたら、すばらしいとは思わない?』出典:『黒蜥蜴』

……グッズとはまさに、その理想の具現です。薄暗い自室に祭壇を築き、

『油煙臭い押入れの中で……終日幻燈の画に見入っている』出典:『湖畔亭事件』

ように、閉ざされた迷宮で永遠に変わらぬ美を愛でる。これこそが至高の安らぎではありませんか」


【鏡花】 「推しをプラスチックの板に封じ、机に飾るなど……万死に値する不敬だ! 美しきものとは、本来、人を震え上がらせるほど圧倒的な力を持つもの。

『僕は明かに世に二つの大なる超自然力のあることを信ずる。……一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである』出典:『おばけずきのいわれ少々と処女作』

と言うようにね。所有しようなぞとおこがましい。その凄まじいオーラという不可抗力の前に、ただ打ちのめされ、泣き崩れる。それ以外に何ができようか」


【谷崎】 「私はアクスタというのも一興だと思いますよ。しかし、乱歩さんの仰る『閉ざされた世界』には大いに賛同します。現実の雑音に耐えられぬなら、いっそ肉眼を閉じてしまえばいい。

『心の眼を以て見るようになってからは、何等の拘束がないのである。……いつでも、自由に、その映像を飽きるほど視つめていられる』出典:『聞書抄ききがきしょう

そう、己の脳内という聖域で、一生、推しの幻影に溺れ、窒息し続ける。これこそが究極の『推し活』と呼ぶに相応しい」


——推しにひれ伏して脳内を推しでいっぱいにしたい谷崎潤一郎さん、推しは「神」だからこそ遠くから拝むのが一番だという泉鏡花さん、そして、グッズと一緒に自分だけの空間で推しを見つめ続けたい江戸川乱歩さん。

推し活のスタイルは三者三様ですが、「推しが尊い!」「推しがいるから生きていける!」という熱い思いは、現代の私たちと同じかもしれませんね。文豪の皆様、本日は楽しいお話をありがとうございました。



【深掘り解説】文豪たちの「推し活」トークの背景

対談はいかがでしたか? ここからは、もう一歩踏み込んで知りたい方に向けて、Humanitext Aozoraによる読み応えたっぷりの解説をお届けします。彼らの「推し活」トークの文学的背景を紐解いてみましょう。

1. 背景情報:谷崎と鏡花の「距離感」

対談の中で、鏡花が谷崎に対して「貴方は少しばかり無遠慮が過ぎる」とたしなめる場面がありますが、これは実際の二人の関係性を象徴するやり取りです。 谷崎は鏡花を深く尊敬しており、娘の結婚式の媒酌人を依頼するほど私生活でも親交がありました(谷崎潤一郎『泉先生と私』)。しかし、性格は対照的でした。鳥鍋を囲んだ際、「衛生家で用心深い鏡花」が鍋に仕切りを置いたにもかかわらず、「健啖けんたんで、物を食う速力が非常に速い」谷崎がその仕切りを越えて食べてしまい、鏡花が「困った情ない顔をする」というエピソードが残されています(谷崎潤一郎『文壇昔ばなし』)。対象(鍋の肉=美)を遠慮なく貪り尽くそうとする谷崎と、境界線(仕切り)を引いて慎重に接しようとする鏡花のスタンスの違いが、この対談の「推しとの距離感」にも反映されています。

2. 泉鏡花:圧倒的な美への畏怖と「拝跪」の美学

鏡花にとっての「推し(美)」は、実用性や現世の論理を超越した絶対的な存在です。彼は女性の美しさを至上のものとし、「然る時は吾人其恩に感じて、是を新しき床の間に置き、三尺すさつて拝せんなり」(泉鏡花『醜婦を呵す』)と述べています。「床の間」という神聖な空間に置き、「三尺すさつて(下がって)」拝むという表現からは、美を所有するのではなく、抗いがたい力として畏怖する鏡花の姿勢が読み取れます。 また、彼が自らの強迫観念(迷信)を一喝してくれた恩師の言葉を「観音力の現前せるに外ならぬ」(泉鏡花『おばけずきのいわれ少々と処女作』)と表現しているように、鏡花の世界では、圧倒的な存在(推し)は人間をひれ伏させる「不可抗力」を持つ神聖なものとして描かれています。

3. 江戸川乱歩:内面化される恐怖と「スリル」の探求

乱歩の「推し活」は、対象そのものよりも、対象によって引き起こされる自己の心理的倒錯に重きが置かれています。彼は「錯覚、物忘れ、意識の盲点などが探偵小説と深い縁を結んでいるのはなぜであるか。それらの心理上の現象に底知れぬスリルを含んでいるからにほかならぬ」(江戸川乱歩『探偵小説の「謎」』)と論じています。 対談における「特定のパーツへの執着」や「閉ざされた空間での妄想」は、まさにこの「心理上の現象」です。乱歩にとって、推しを愛でることは、自らの内面に潜む異常性や恐怖と向き合い、その「底知れぬスリル」を味わうための装置(トリック)であると言えます。

4. 谷崎潤一郎:倒錯的愛慾と対象への「同化」

谷崎の美学は、対象の美しさに自己を明け渡し、同化しようとする倒錯的な愛慾にあります。谷崎の作品は「愛慾心理を追窮している」(谷崎潤一郎『武州公秘話』)と評されており、人間の内面深くにある異常な執着を描き出すことを得意としました。 また、谷崎は鏡花が描く世界を「本質に於いて、明るく、花やかで、優美で、天真爛漫でさへある」(谷崎潤一郎『純粋に「日本的」な「鏡花世界」』)と絶賛しています。鏡花が美を「遠くから拝む」のに対し、谷崎はその「明るく花やかな美」の深淵に自ら飛び込み、溺れることを至福とします。対談における「脳内という聖域で、一生、推しの幻影に溺れ、窒息し続ける」というスタンスは、現実の制約を超えて美を貪欲に追求する谷崎の文学的姿勢を表しています。